2026年 修士課程卒業生による修士論文
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この春、東京大学大学院学際情報学府の先端表現情報コースから2名の修士学生が卒業しました。デザイン思考と先端技術の橋渡しを探る、修士論文をご紹介します。
高齢者介護施設における信頼を育むためのカメラモニタリングのデザイン研究
Darey-Ann Louisville
本研究は、介護施設におけるカメラモニタリングシステムのデザインを再考し、入居者に対する信頼や心理的安心感をどのように高められるかを探るものです。研究は、東京都内の介護施設との協働ミーティングから始まり、入居者の快適性や介護を支援する新技術の役割について検討しました。その中で、入居者やスタッフの間にカメラ監視に対して抵抗感があることが明らかとなり、「高齢者介護の文脈において、カメラモニタリングの受容は現状から大きく改善できるのか」という研究課題につながりました。
本プロジェクトでは、モニタリングシステムの形態やインタラクションを再考することで、受容に向けた知覚的・感情的な変化を探求します。日常生活の中でこれらの技術がどのように体験されるのか、そして入居者のウェルビーイングと介護実践の双方を支援できるのかを明らかにすることを目的としています。
また、人々がモニタリング技術とどのように関係するかを捉えるため、「拒否」から「選好」「信頼」へと至る受容のスペクトラムを定義しました。アイデア創出やワークショップ、介護施設への訪問を通じて、カメラの形態やインタラクションが安心感や信頼に与える影響を検証しました。

リサーチ・スルー・デザインの手法と、混合的・参加型アプローチを採用し、文献調査、ユーザー参加、プロトタイピング、分析という4つの反復的フェーズで研究を進めました。データ収集には、知覚ワークショップ、安全性や信頼に関連する視覚的属性を調べる独自アプリ「Friendshapes」、さらに三育会、介護施設ASパートナーズでの対面インタビューが含まれます。
デザインプロセスの結果、「育む(nurture)」「内省(reflect)」「つなぐ(connect)」という3つのインタラクションカテゴリと、2つのローファイ・プロトタイプが生まれました。
1つ目は、見守り機能を持ちながら養育的な反応を引き出すぬいぐるみ型デバイス、2つ目は個人の健康状態を提示し主体性を支援するアシスタントボットです。
インタビューからは、「プライバシー対便益」のトレードオフが明らかになり、監視が直接的な価値を提供する場合に受け入れ度が高まることが示されました。
最終的に本研究は、監視に伴う不快感を技術的制約ではなくデザイン課題として位置づけます。デバイスの物理的な形態や入居者との関係性を再設計することで、監視は倫理的に配慮された支援的サービスへと変容させることができると示しました。本研究は、人間の尊厳と長期的なウェルビーイングを重視したモニタリング技術開発のためのデザインフレームワークと指針を提示します。
共有される痛み:痛みの伝達と理解のためのツールのデザイン
増澤 茉莉子
本研究は、痛みは生理学的には普遍的な現象であるにもかかわらず、他者に伝えることが極めて困難であり、それが臨床的な意思決定や日常の人間関係において大きな課題となっているという認識に基づいています。
AIやセンシングシステムなどの先進技術が医療分野に導入されている一方で、痛みの主観的かつ文脈に依存する微妙なニュアンスを単なるデータとして捉えることには、本質的な限界があります。日本の高齢化社会と医療資源の不足が深刻化する中、本研究は、個人の主観的な体験を尊重する個別化医療の必要性を指摘します。
本研究では、「痛みに対する共通理解を促すツールはいかに設計できるか」という問いを設定しました。痛みの伝達を一方向の情報伝達としてではなく、「痛みを表現する人(送信者)」と「受け取る人(受信者)」の関係的プロセスとして再定義します。痛みは「経験的情報」として捉えられ、媒介・表現・解釈のプロセスを必要とします。この枠組みの中で、「共感の非対称性」という概念が導入され、理解されたと感じる側と理解しようとする側の間にズレが生じることが示されます。
リサーチ・スルー・デザインの手法を採用し、探索的なアイデア創出、5つの表現モードの分類、インタラクティブなコミュニケーションツールの開発を反復的に行いました。初期段階では100名を対象とした調査を実施し、痛みの共有が主に家族や友人といった「ケア関係」の中で行われることが明らかになりました。その後、抽象的な視覚・触覚要素による痛みの外在化を探るワークショップを実施しました。
素材や形状に関する知覚研究では、「非対称性」「高い視覚密度」「構造的不安定性」などが痛みや心理的不快感を喚起する要素として特定されました。これらの知見をもとに、「誇張する(Exaggerate)」「類推する(Analogize)」「比較する(Compare)」「記録する(Record)」「表出する(Express)」という5つの表現モードが定義されました。
プロトタイピング段階では複数のツールを開発し、反復的に改良しました。最終的には、ユーザー間のインタラクションの質を可視化するチャット型インターフェースをデザインしました。このシステムでは、会話における共感の度合いをAIによって推定し視覚化することで、関係性の変化を認識できるようにしています。また、文脈に応じたインタラクションを導入することで、痛みに対するより深い関与と内省を促します。
90代の参加者を含むユーザーテストでは、チャット形式の親しみやすさと遊び心のある要素が、ケアの現場における深刻な状況の中に「心理的な余白」を生み出し、難しい対話をより行いやすくすることが示されました。
本研究は、痛みを完全に共有することの不可能性を解決しようとするものではありません。むしろ、デザインを媒介としてよりアクセスしやすい共感的な関係を生み出し、医療実践の持続可能性に貢献することを目指しています。





















